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東京地方裁判所 平成5年(特わ)1334号 判決

本店所在地

東京都港区南青山二丁目二番一五号

有限会社アート・フランス

(右代表者代表取締役 石原優)

本籍

東京都港区南青山二丁目二番

住居

東京都台東区谷中二丁目七番六号 ユーベルク谷中三〇二号

会社役員

石原優

昭和九年五月一九日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官加藤昭、弁護士伊藤卓蔵(主任)、同牧義行各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人有限会社アート・フランスを罰金六〇〇〇万円に、被告人石原優を懲役一年八月に処する。

被告人石原優に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人有限会社アート・フランス(以下「被告会社」という)は、東京都港区南青山二丁目二番一五号に本店を置き、絵画・美術工芸品等の輸出及び販売を目的とする資本金二〇〇万円の有限会社であり、被告人石原優(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役として、同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上

第一  昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三億五七二四万五三八七円(別紙1修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成元年六月三〇日、東京都港区西麻布三丁目三番五号所在の所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が七二四万五三八七円で、これに対する法人税額が二一五万一七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま申告期限延長承認後の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億四九〇六万一一〇〇円(別紙3ほ脱税額計算書参照)と右申告税額との差額一億四六九〇万九四〇〇円を免れ

第二  平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三億二一二七万八〇四一円(別紙2修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成二年六月二八日、前記麻布税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一二四万五九七八円で、これに対する法人税額が三四万三八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま申告期限延長承認後の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一億二七六一万四〇〇〇円と右申告税額との差額一億二七二七万〇二〇〇円(別紙3ほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する平成五年六月三日付け(九丁のもの)及び同月一五日付け(二通)各供述調書

一  井伊孝友及び石原玲子(二通)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の商品売上調査書、当期商品仕入高調査書及び謝礼金調査書

一  検察事務官作成の同月一四日付け捜査報告書

一  登記官作成の登記簿謄本

判示第一の事実について

一  被告人の検察官に対する同月三日付け供述調書(本文二二丁のもの)

一  立花玲子(謄本)、金子暁(謄本三通)、森一也(謄本二通)、宮田宗信(謄本四通)、石村厚実(謄本)、額賀雅敏(本文三九丁のもの)、深作敏博、朴利行、船越英子、宮廻郁丸及び森本典夫の検察官に対する各供述調書

一  押収してある法人税確定申告書一袋(平成五年押第一四一二号の1)

判示第二の事実について

一  額賀雅敏(本文八丁のもの)、笠原進、土屋陽一、石村厚実及び立花玲子の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の期末商品棚卸高調査書、手数料収入調査書、事業税認定損調査書、受取利息調査書、信託収益調査書及び損金算入地方税利子割調査書

一  押収してある法人税確定申告書一袋(同号の2)

(法令の適用)

一  罰条

1  被告会社について 判示各事実につき、いずれも法人税法一六四条一項、一五九条一項(罰金刑の寡額については、いずれも刑法六条、一〇条により平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)、二項(情状による)

2  被告人について 判示各所為につき、いずれも法人税法一五九条一項(罰金刑の寡額については、前同)

二  刑種の選択

被告人について いずれも懲役刑

三  併合罪の処理

1  被告会社について 刑法四五条前段、四八条二項(各罪の罰金額を合算)

2  被告人について 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重)

四  刑の執行猶予

被告人について 刑法二五条一項

(簿外経費の主張について)

弁護人は、情状論としながらも、本件各事業年度の実際所得金額の中には簿外経費が含まれていると主張し、被告人及び証人石原玲子(被告人の実妹で、被告会社取締役として経理面を担当している)は公判において、〈1〉画家育成及び絵画確保の費用二〇二七万円余、〈2〉被告会社従業員稲崎広子のパリ及び日本における人件費九七八万円余、〈3〉被告人の活動費二七二〇万円余、〈4〉被告会社従業員サンドラ・ジョンキエール及び右稲崎へ支払った特別ボーナス合計一五〇〇万円、〈5〉被告会社顧問ロベール・マルタンへ支払った三〇〇〇万円、〈6〉神社建立及び神事の費用四九〇七万円余の簿外経費が存すると供述する。

しかしながら、右簿外経費とされるものについては、経費として支出されたことの客観的裏付けがないという点を措くとしても、そもそも〈1〉は、右公判供述を前提としても、支出の相手方、目的及び態様からして租税特別措置法六二条の交際費等に該当するところ、被告会社は本件各事業年度の確定申告において、既に損金算入限度額を超える交際接待費を計上しているのであるから、〈1〉を損金に算入することはできないものである。また、証人石原玲子は、右簿外経費は被告会社の簿外資金から支出したので経費として計上できなかったと供述しているが、関係証拠によれば、被告会社に簿外資金が生じたのは本件ルノワール絵画の取引によって受け取った無横線の預手から仮名で裏書きした平成元年三月三〇日以降であること、被告会社は、同年五月から平成二年三月までの間に、合計七四〇〇万円余の架空売上を計上することにより簿外資金を公表の資金に導入し、その中から経費等を支出していたことが認められる。そうすると、右簿外経費のうち、平成元年三月三〇日より前に支出したとされているものは簿外資金から支出していないことになるから、経費として計上できない理由はないはずであるし、右の日以後に支出したとされるものについても、右の方法で公表に導入した資金の中から支出すれば経費として計上することが可能であったと認められる。それにもかかわらず、被告会社は右簿外経費とされるものを経費として計上していない上、被告人及び石原玲子が検察官調書において、「〈4〉で稲崎に渡した一〇〇〇万円は経費となるものではなく、被告人が個人的に渡したものである。〈5〉も被告人が個人的に渡したもので経費にならないことはわかっていたから、裏金を公表に導入して支払うという操作はしなかった。外国での支払についても経費となるべきものは全て公表帳簿に計上している」などと供述していることを考え合わせると、右両名の簿外経費についての公判供述は信用できず、弁護人の右主張は採用できない。

(量刑の理由)

本件は、絵画・美術工芸品等の輸出入及び販売を目的とする被告会社の代表取締役であった被告人が、億単位の値段で取引されるルノワール及びピカソ作の各絵画(前者が「浴後の女」、後者が「魚・瓶・コンポート」)の売上を除外するなどの方法により被告会社の所得を六億七〇〇〇万円余少なく見せかけ、二事業年度で合計二億七〇〇〇万円余の法人税を脱税したという事案であり、ほ脱率も通算で約九九パーセントと高率である。被告人は、無横線の預手を仮名裏書して被告人名義の定期預金を設定したり、預手を被告人名義や仮名の普通預金口座に入金して取り立てるなどして右絵画取引による利益の殆どを秘匿した上、架空売上を計上することにより簿外資金を公表の資金に導入して使用したり、簿外仕入れをしていたものであって、犯情は芳しくない。また、被告会社は本件事業年度の本税のうち一億〇七〇〇万円を納付したものの、その余の本税及び附帯税は納付されていない。以上によれば、被告人及び被告会社の刑事責任は重いといわなければならない。

他方、被告人は当初から簿外取引とするつもりで本件絵画の取引を進めていたわけではなく、立花玲子からの強い働きかけがあったことが本件犯行の大きな要因になっていること、被告人は、経費について弁解しているものの、公判廷において反省の態度を示していること、本件が「ルノワール絵画取引疑惑」として一時期大きく報道されたことにより、被告人は相当程度の社会的制裁を受けていること、被告人には前科前歴がなく、絵画を売却するなどして未納の本税等を納付しようと努力していること、被告会社所有の絵画数点が国税当局によって差し押さえられていることなど被告人及び被告会社のために酌むべき事情も認められる。

そこで、これらの情状を総合考慮して、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告会社・罰金八〇〇〇万円、被告人・懲役二年)

(裁判官 中里智美)

別紙1 修正損益計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙2 修正損益計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙3 ほ脱税額計算書

〈省略〉

別紙4 ほ脱税額計算書

〈省略〉

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